初代 割烹 高橋
赤ちゃんからお年寄りまで。
地域に根差した日本料理店
乳白色の壁に木のカウンターとテーブル席。店内の随所には、娘さんが書いた絵や周年記念の手拭いが飾られ、品を保ちながらも敷居の高さを感じさせない居心地の良い空気感。「初代 割烹 高橋」は、和食の根幹とも言えるだしを大切にしながら「体に優しいご馳走」を提供する日本料理店です。「仕事の会食はもちろん、お祝い事や家族の記念日など、様々なシーンでどんな世代の方もおいしく健康に食べて欲しい」と話す店主の高橋豊和さん。3種類のコースを軸に、和の手仕事を存分に味わえるアラカルトも提供しています。
コースの一品にもある土鍋の釜炊きごはんは、和食の基本である「だし」で炊き上げます。具材には通年で味わえる鯛をはじめ、山菜、たけのこ、とうもろこしや栗、きのこ、カニなど季節の訪れを感じる食材を使用。土鍋の蓋を開けた瞬間に立ち上るお米の甘い芳香と、ふっくら炊き上がったお米の粒と食材のコントラストを感じるやわらかな味わいで、人々の心とお腹を満たしています。子連れ入店不可の店も多い「割烹」というジャンルで、赤ちゃんからお年寄りまで歓迎というスタイルも、地域の人々に愛される所以。「初代 割烹 高橋」の「初代」は、この先もずっと「二代」「三代」と店が続くようにとの願いから命名されています。
老舗料亭で体感した、だしの奥深さ
料理人である親戚の叔父に憧れ、この世界に入りました。広島の「全日空ホテル・雲海」に10年務め、和食の基礎を学び東京へ。日本を代表する老舗料亭の一つである「なだ万」日本橋三越本店で、和食界では板前の次に重要な役目とされる味付けを担う「煮方」を3年間務め、腕を磨かせていただきました。「なだ万」での毎日は本当に忙しかったのですが、独立する上で多くのことを学びました。
中でも一番衝撃を受けたのは和食の基本である「だし」の引き方。「常温の水に昆布を入れ、弱火でゆっくり加熱していき、規定温度になったところで火を止めた後に鰹節を加えたものを一番だしとする」という考え方は、今まで自分が行ってきた「昆布を入れたら強火で沸騰させ、鰹節を入れた後に火を止める」というやり方を覆すものでした。同じだしでも引き方で全く違う味になる。その奥深さに改めて気づかされ、料理の潮流を学ぶきっかけとなりました。2012年に独立し12周年を迎える今も、「和食はだしが全てであり料理の土台を作るもの」と考え、日々向き合っています。
人生の節目に寄り添う日本料理
「日本料理は人生だ」と思っています。日本人の人生の節目には常に日本料理が寄り添っています。例えば日本には、子どもが誕生してから100日目に健やかな成長を願い、お膳を食べさせる真似をする「お食い初め」という行事があります。また、子が成長すると七五三のお祝い、入学、卒業、就職、結婚と節々に家族で食事の席を設ける。歳をとれば長寿の祝い、亡くなった後もお膳を囲み故人を偲ぶ法要などが行われます。一生を通して日本料理は、日本人になくてはならないものなのです。オープン当初はおまかせコース1本で始めましたが、「子どものお食い初め膳を作って欲しい」「家族みんなでお祝いしたい」「記念日だけでなく普段使いで少量ずつつまみを楽しみたい」と地域の人々の要望に答えていくうちに、どんな世代の方も集まり、食事を共にできる場所でありたい、と考えるようになりました。現在は、コースとアラカルトの2本立ての構成にしています。子どもの受け入れ態勢は、営業を重ねながら徐々に整えていきました。
コースで提供する料理は、アラカルトでも注文できるようになっています。アラカルトで人気のある料理は、すりおろしたれんこんを団子にして揚げ、だしたっぷりの餡掛けを掛けたれんこん万十(まんじゅう)かに餡掛けや、魚介の旨みが詰まった真丈(しんじょう)を清汁(すましじる)で頂くお椀など、普段家庭でなかなか作る機会のない日本料理を味わって欲しいと考えています。お一人様には少量で盛り合わせたり、簡易的なコースに仕立てたりなど、記念日だけでなく日常的にも楽しんでいただけるよう組み立てています。
人々の記憶に残る日本産米の魅力
土鍋で炊く釜炊きごはんは、小さいお子さんからお年寄りまで人気のメニューです。基本の白米の釜炊きごはんとだしを使った釜炊きごはんがあります。通年で名物となっている鯛の釜炊きごはんは、具の鯛をサイコロ形にカットして霜降り(※)にします。昆布と鰹の合わせだしをベースに酒と淡口醤油を少量加え、鯛から出る味わいを引き出し米にうまみを含ませます。季節限定の食材は、素材に合うように火加減を変え、土鍋の蓋を開けた瞬間、ふわりとふくよかな香りが立つ仕上がりに。私の料理は全体を通してだしをしっかり利かせ、調味料は補う役割として入れすぎないように気を付けています。中でも釜炊きごはんはお米と具材のポテンシャルを味わっていただけるよう、より優しい味付けを心がけています。
日本産米の魅力は、海外のお米で表現できない独特の粘度、甘味、歯触りがあり、人々の記憶に残る食材だということ。現在お店では島根県の仁多米(にいたまい)を使っていますが、弾くような弾力とツヤ、食べた時のもっちり感が病みつきになる品種です。冷めてからもおいしいので、おむずびにも向いていると感じます。お米を洗う時は力を入れて研ぐのではなく、粒を傷つけないよう、潰さないよう両手で米を擦り合わせるように優しく洗っています。通常お米は洗った後浸水の工程へ進みますが、この仁多米は時間を置くと水分を吸いすぎて味がぼやける為、一切浸水時間を取りません。吸水率が高いため、浸水なしでもふっくらもちっと仕上がるためです。
※調理する前に、食材の臭みの元となる脂・血・ぬめりなどを落とすために熱湯をかける下処理のこと
新米への敬意と日本各地に伝わる郷土ごはん
日本では、毎年秋に新米の季節が訪れます。現代は10月以降になると収穫したての日本産米を各地で食べられますが、かつて明治時代の頃は11月23日に宮中(天皇の居所)と全国の神社で「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれる収穫祭が行われ(※)、天皇が天地の神々に初穂をお供えし、自らも初穂を食す儀式を終えて初めて、人々はその年の新米を食すことができたそうです。この収穫祭は今年の収穫を祝うと同時に来年の豊作を願うもので、日本人にとってお米は、本当に大切で守り続けるべきものなのだと、改めて感じています。
日本各地には、土地ごとに昔から伝わる様々なお米の食べ方があります。私の産まれた広島県では「広島菜」という伝統的な青菜が栽培されています。白菜の一種で大きな株を持ち、シャキシャキとした歯触りが特徴。主に広島菜漬けという漬け物に使われ、長野県の野沢菜、熊本県の高菜と合わせて、「日本三大漬菜」と呼ばれるほどの名産品となっています。
この広島菜漬けを海苔代わりに握ったお米に巻いたのが「広島菜漬けのおむすび」。行事食というよりはスーパーマーケットなどで普通に売られていて、地元の人々には馴染みのあるソウルフードのような存在です。私からご紹介するお米のレシピは、そんな故郷のおむすびにインスピレーションを受け、身近なレタスを使った手巻きごはんをご紹介しています。作り方は、レタスを塩漬けにして白ごはんに巻くだけ。レタスのシャキシャキした食感は広島菜と近いものがあり、漬菜のやわらかな酸味がお米の甘さと馴染み、食欲のない時はもちろん、食事の前菜としてもさっぱり召し上がれます。
※新嘗祭の起源は「古事記」や「日本書記」に遡ると言われている。上記の11月23日(新暦)で毎年行われるようになったのは明治時代から。
100年先の子どもの笑顔に繋がる循環社会を
現在、地域の幼稚園や小学校、NPO法人から依頼を受け、食材ごとに引いただし[光北1] を飲み比べる「だし教室」を開催しています。日本産米をはじめとした日本の食材を通して僕たち料理人ができることは、100年後の未来の子どもたちが笑顔になるような循環を作ることだと思っています。良い食材を使っておいしいものを作り「今この瞬間が幸せ」「明日笑顔で頑張れる」と思っていただくことはもちろんとても嬉しいけれど、それだけでは100年後には響かない。食材を大切にし、日本の恵であるお米や食材を味わい、きちんと知り、考えること。僕が生きていない先の未来も、その時代に生きる子どもたちが日本の食文化を大切にし、健やかに過ごせる循環社会に繋がっていけばいいなと思い、今できることをコツコツ地道に行っています。
最近は、衛生面からおむすびを直接素手で握る機会が減っているかもしれません。ですが、本来おむすびは、一番簡単な料理です。しっかりと手を洗った後、手に塩をつけ馴染ませてからごはんを握ると本当においしく出来上がります。人の手の温度に塩が馴染むことで、そこからちょうどよくお米に浸透していくイメージです。ぬか漬けや味噌と一緒で、人の手が入ることでその人らしい味わいに仕上がる。シンプルな料理だからこそ一番お米を美味しく食べられる方法だと思います。どうぞ、おむすびを自分でむすんで食べていただき日本が誇る「日本産米」の神髄を感じてみてください。
Recommended dish
Lotus root manju (dumpling) with crab meat savory sauce (served as an a la carte dish) れんこん万十(まんじゅう)かに餡掛け(アラカルトの一品として提供)
コースを注文したお客が、ほぼ追加で頼むという人気アラカルトメニュー。すりおろしたれんこんを汁ごと火にかけ少量の塩だけで練り上げ、だんご状に丸めて揚げたものに、カニのほぐし身を加えた餡かけを掛ける。口中でやわらかく解けるまんじゅうと餡の一体感を少量添えたわさびがそっと控えめに引き締め、完成された味わいに。