日本料理 一凛
故郷・京の食文化を継承日本料理の芯を
貫きながら地域食材の可能性を探る
創業より幅広い層の支持を獲得し続ける「日本料理 一凛」は、東京都新宿区神楽坂にある日本懐石料理店。京都出身の橋本幹造さんは、18歳で料理の道に進んで以来、地元の老舗料亭で脈々と受け継がれてきた歴史と食文化に触れながら研鑽を重ねました。調理も接客も自らこなし、日本食文化の伝統を重んじながらも新たな可能性を潜ませたコース料理を提供しています。そのクオリティはもちろん、滲み出る人柄や快活な和術で人々の心をも鷲掴みにし、多い時期では7割が海外からのお客様。日本全国津々浦々、食材の産まれる場所には積極的に足を運び、自身の皿へ昇華させています。
店舗営業に加えて、メディア出演への傍ら、日本米の発信にも力を入れ、お米マイスターや地域食材を扱うプロと共に立ち上げた「日本の食研究所」を通して、米の魅力を追求する活動を続ける橋本さん。コースの最後に提供する釜炊きごはんは、信頼のおける農家からお米を取り寄せ、米一粒一粒の旨みを存分に味わっていただけるよう、白米で提供しています。
店の歴史とキャリアを重ね、
より研ぎ澄まされた「引き算の料理」
店を続けて17年。日本料理人として歳を重ねるごとに、提供する料理はよりシンプルになってきています。今、東京には飲食店が溢れていて舌の肥えたお客様も多い。その中で「あの店は他と違うよ」と言っていただくために、5〜10年前より、さらに自身の料理を削り進化させていかなくてはいけないと感じています。構成がシンプルだからこそ、基盤となるだしの昆布や削り節は、昔より数段良い国産のものを仕入れていますし、魚は毎日自ら豊洲市場へ足を運んで目利きし、他のお店と被らぬよう、京都の丹後半島などからも旬の食材を取り寄せています。
料理に終わりはありません。でも「区切り」は必要。その一瞬一瞬を楽しんでいただくのも大切ですが、「いつきても変わらない橋本の味」と言っていただけるよう、50歳をすぎてから、より「引き算の料理」を意識して板場に向かうようになりました。新店は個室を作っておらず、また極力満席まで予約を入れません。一組一組のお客様に一層向き合える空間を意識しています。
地域に足を運びその土地の味を食らう
その感覚をどう料理に落とし込むか
日本料理は、季節の伝統料理です。「五味・五色・五法(※)」という言葉があり、私の料理もこの考えに基づいています。鱧の季節になれば鱧を出し、蟹の季節になれば蟹を買いつける。日本各地へ出向き、その土地の味を食らい、自身の皿にどう落とし込むかを常に考えながら、四季の流れに沿った手仕事を大切にしています。私の店にいらっしゃる海外のお客様は、日本人と同じ料理を食べたいという方たちだと思っています。伝統料理を軸にした上で、素材頼りにするのではなく、食材の状態やその年の気候、料理の傾向を鑑みて献立を組み立てます。
海外のシェフもよく勉強に来てくださいます。先日訪れたシェフは、自家製の黒蜜に感動していました。喜界島からきび糖を仕入れ、継ぎ足し継ぎ足し仕込み熟成させる黒蜜は、まさに日本の気候と湿度が生み出した熟成の文化です。日本の食材への関心が高まっているまさに今は、日本料理を海外の方に知っていただけるチャンスなのかもしれません。
※和食において大切にされる味・色・調理法の基本
おまかせコースと一凛の真髄「豆皿八寸」
そんな、私の料理への向き合い方を表現した料理が、店のシグネチャーでもある「豆皿八寸」。小さな豆皿の中に、季節の野菜を使ったおひたしやにこごり、蒸し物などをたっぷり盛り合わせた料理です。お客様からは「八寸だけ食べるコースはないの?」と要望をいただくほどで、お椀(お吸い物)から始まり、お造りを出した後に提供しています。
私は、「おいしい」と「印象に残る」は違うと思っています。もちろんおいしさは大切ですが、例えば、夏であれば涼しげな籠を用いてこの季節しか見ることができない青い紅葉をあしらったりと、季節の移ろいを記憶に残していただけるような演出を心がけています。1つひとつの仕込みはとても時間がかかりますが、提供した瞬間に見るお客様の驚きと「わあ!おいしい」の反応は料理人冥利に尽きる賜物です。その後は、季節にもよりますが、温かい料理、焼き魚と続き、最後に釜炊きごはんを出して、コースを締めます。基本の構成は決まっていますが、お客様とコミュニケーションを取りながら、即興で品数を変更することもあります。
釜炊きごはんは、基本は白米で。「お米本来のおいしさって何だろう」と考えると、原点は白いお米だと思うのです。日本人が日常的に食べているお米の甘味や旨みを知っていただきたいから、炊き立ての白ごはんと味噌汁、自家製の漬物というシンプルな組み合わせで提供しています。
田んぼと農家から学ぶ日本米の奥深さ
現在釜炊きごはんでお出ししているのは、滋賀県竜王町の「若井農園」さんのお米です。初めて食べた時に「こんなに違うものなのか!」と驚きました。現在16代目の若井康徳氏が栽培する田んぼは、本当に広大で美しい。「ふゆみずたんぼ(冬期湛水水田)」と呼ばれる栽培方法で、冬の間も田んぼに水を張り、原生生物やカエル、水鳥など様々な生き物の力を借りながら水や土を浄化・再生させることで、無農薬・無化学肥料で米作りを行っています。今まで何度も田んぼにもお邪魔しましたが、若井さんが稲作業をしている間、田んぼの水を見てみるとホウネンエビ(水田などに発生する小型の甲殻類)なども見つけたりして、健康な田んぼなのだと気付かされます。多くの品種を育てているため、毎年送っていただいた新米数種で食べ比べを行い、収穫量なども踏まえた上で使う品種を決めています。
自分の中で決めていることとして、1年に1回は必ず農家さん宅にお米を炊きに行きます。農家さんに直接米のパフォーマンスを感じていただくことで、今お取引しているお米のポテンシャルを共有するためです。
ちなみに、お店では、お米の浸水や料理に「シリカ水」を使っています。ケイ素(ミネラル成分)を含んだお水で、ミネラル分の高い水を使うことで米の輪郭がはっきりして一粒一粒の個性が立ってくるのです。本当は、米が育まれた土地の水を使うのが一番適していると思うのですが、それほど、お米には水という存在が大切だと思っています。
世界から関心を集める、
日本列島の最高傑作を誇りに
今、アメリカをはじめヨーロッパ各国でも「ジャポニカ米」に対する意識と関心は高まっていると料理人仲間などからも聞きます。ただ、日本にこんなに多くの品種があることはまだあまり知られていない。単純なブランド品種としてだけではなく、炊き上げに向いているお米、寿司のシャリに向いているお米、九州の郷土料理・鶏飯(けいはん)用の品種など、調理によってお米を選ぶことができるなんて、日本人でも知らないほどです。上記の農家さんは、実はタイ米も作っていたりします。このように、用途に合わせたお米を作れるのが日本人であり、日本の風土です。
私が世界に伝えたいのは、クオリティの高い日本米を育てる農家さんたちの栽培技術と、そのお米を生かす日本古来の調理技術です。例えば、今回のレシピにも登場する「蒸らす」という工程。「余熱で火を通す」という行為自体は伝わっても、「対流した蒸気で膨れ上がる」という感覚は、体感しないとわからないかもしれません。レシピでご紹介した混ぜごはんは、細部に小さな日本の技術を潜ませながら、作りやすく組み立てています。これらの技術は、私が考え出したものではなく、日本人が昔から当たり前のように行なってきた食の知恵です。レシピは白米ですが、玄米に変えることでよりサラダ感覚で味わうこともできたりと、使い方次第でどんな国の食材にも寄り添う可能性を秘めています。このレシピを通して、日本の食文化の魅力と技術が伝わることを願っています。
日本米は、「身近にある一番おいしい食材=日本列島が誇る最高傑作」だと思います。日本の各地には、秋田県の「いも汁」や宮崎県の「ひや汁」など、ごはんに汁をかけて食べるという食文化があります。それらの地域では、炊き立てのごはんに汁をかけてかきこみ、2杯目に白米を味わいながら食べるという風習まであるそうです。それほどまでに、日本人にとって日本米は、生活に寄り添う誇るべき食文化なのです。おいしさだけでなく、食材としてスタミナもあり栄養価も高い日本米が、なぜこれほどまでに日本を支えてきたのか。押し付けるのではなく海外の方も受け入れやすいアプローチを考えながら、生産者さんと近い距離で追求し、発信していきたいですね。
Recommended dish
Mamezara-hassun(served as part of a course meal) 豆皿八寸(コース料理の一品として提供)
季節を愛しむ日本料理の心を豆皿に盛り合わせた看板料理。京野菜や市場から買い付けた旬の野菜や魚介を丁寧に下拵えし、見た目、食感、味わいを通して四季の移ろいを表現しています。取材時の夏は、たたきオクラのとろろ水、焼き茄子のペースト、ウニと穴子の茶碗蒸し、白瓜と鶏ささみの衣がけ、など。