日本料理 かわ原
路地裏の古民家であかりを灯す
日本料理店
大通りから1本裏の路地に佇む古民家。暖簾をくぐった先は、築96年の家屋を改装した温もりある店内へと続いています。2017年に産声を上げた「日本料理 かわ原」は、日々探求を惜しまない店主・川原浩二さんの美しく細やかな手仕事が光る日本料理店。在来種として受け継がれる「なにわの伝統野菜」をはじめ、「天下の台所」と謳われた大阪の市場で手に入る季節ごとの新鮮な魚介類を見極め、お造りから蒸し物、焼きもの、炊き込みごはんまで、素材の力をダイレクトに感じる緩急ある品々を、月替わりのおまかせコースとして提供しています。中でも、カウンター越しに見える焼き台で仕上げる魚や肉の藁焼きは、立ち上る炎の美しさに息を飲み、広がる藁の香りに高揚感を覚える、まさに五感を刺激する看板料理です。
コースの終盤に提供する炊き込みごはんは、淡路・明石地域の名産である伝助穴子と若ごぼうや、富田林の海老芋とむかご(山芋の葉の付け根にできる小粒の球芽)など地域食材を積極的に取り入れ、シンプルでありながらもエッジの効いた旬の組み合わせに。地元の酒販店と二人三脚でセレクトする日本酒にも合うという「また飲みたくなる締めごはん」に、舌鼓を打つお客さんもしばしば。川原さんの物腰柔らかな接客とまるで誰かの自宅にお邪魔したかのような店内の居心地の良さも、地元客から一見さんまで変わらずに愛される所以です。
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接客業への喜びから開いた料理人への道
実は、最初から料理人になりたいと考えていたわけではありません。ただ、食べることと、人とコミュニケーションを取ることが好きでした。大学卒業後、接客業に携わりたいと考え、飲食店へ勤めたのがこの業界へ入ったきっかけです。最初は、魚介を中心とした食材を扱う居酒屋へ。その後、日本料理を探求する軸となる「とよなか桜会(さくらえ)」で、8年間に渡る修業を経て独立しました。日本料理の修業期間としては短く、まだまだ未熟で覚えなくてはいけないことはたくさんあったのですが、店をやりながら勉強を続けていこうと思い39歳で独立を決意しました。
日本料理を選んだ理由は、「和食」は自分が子どもの頃から食べてきた料理であり、身近な存在だったからでしょうか。修業店はどちらかというと斬新で複雑な構成の料理が多かったのですが、自身で店を持つにあたり、生産者の想いを味として届けるのが役割だとしたら、よりわかりやすくシンプルな組み立てにしたいと考えるようになりました。ただ、方向性は違っても、日本料理への向き合い方と真摯な姿勢は、この8年間で師匠から学ばせていただいたものだと思っています。
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「天下の台所」で豊富な食材と対峙する日々
大阪は、通称「食い倒れのまち」と呼ばれています。江戸時代から物流や商業の中心地であり「天下の台所」として栄えてきたとおり、全国各地から様々な食材が集まる地域です。そのため、お店では「大阪といえばこの食材」というよりは、市場から新鮮な食材を見繕い、月替わりでメニューを設定しています。月初に組み立てを決め提供していく中で、お客さんの反応を見たり食材の仕入れを調整したりしながら、1ヶ月の間にマイナーチェンジしていくイメージです。日々少しずつアップデートして100点以上を出せるよう、味の記憶として残るように。もちろん、できる限り地元の食材を伝えていきたいという想いもあり、野菜なら現在約20種類ほどあるという「なにわの伝統野菜」や、大阪湾で水揚げされた穴子やタコなどの新鮮な魚介類を積極的に取り入れています。
料理に合わせる日本酒は、料理人や地域の人々からの信頼が厚い酒販店「酒蔵なかやま」から仕入れています。毎月お店で実際にコースを試食してもらい、相談しながらセレクトします。時には、自分たちの仕込む酒が料理にどのように寄り添っているか体験する機会の少ない蔵人さんも店に招待するなど、できる限り生産者や食材に関わる人々とのコミュニケーションを大切にしています。
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始末の料理から感じる日本産米のポテンシャル
お米は、オープン当初からずっと新潟県の南魚沼産コシヒカリを使っています。南魚沼市の中でも評価の高い塩沢地区で米作りを続ける阿部正廣さんのコシヒカリは、香りと甘味が豊かで艶があり、粘度も高く、冷めてもおいしいんです。普段お店では、 炊き込みごはんにすることが多いのですが、新米の時期は白米で提供し、奥行きのあるお米の力強さを味わっていただきます。こだわりとして、お米は数十キロ単位で仕入れるため玄米(※)で購入し、毎日営業前に使用する分だけ自家精米機で精米しています。精米したお米は外気に触れるため、保存中にどうしても表面の脂質が酸化して味が劣化したり、水分や甘味が飛んだりしてしまいがち。都度精米することで、もちもち感のある新鮮な状態でお米を味わっていただけるのです。
精米した後、取り除いた「ぬか(果皮、種皮、胚芽などが粉状になったもの)」は捨てずに、漬け物のぬか床(※)として使っています。大阪を中心とした関西圏では、食文化の象徴として「始末の料理」という考え方があり、「ものを大切にする」「無駄にしない」「節約や倹約をして最後まで味わう」という精神が息づいています。例えば、身を捌いた後の魚の骨でだしを引いたり、野菜の葉や皮を炒めて料理にしたりなど。今では、関西圏だけではなく日本料理全般にその考え方が浸透しています。日本産米のぬかは、単体でもきなこ(大豆の粉末)のような甘味があります。野菜と一緒に漬けることで旨味が浸透し、尖った塩気ではない柔らかく丸みのある味わいに馴染ませます。身も皮も余すことなく「おいしく」使い切れる日本産米のポテンシャルには感謝しています。
※収穫した稲の実から外皮(籾殻)だけを除いた状態。精米をしてぬかや胚芽を取り除いたものが白米(精白米)となる。
※ぬかに水や塩などを加えて混ぜ合わせ乳酸発酵させた漬け床(味噌のような漬け物を漬けるベース)。この中に埋めるように漬けて作る漬け物を「ぬか漬け」という。
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日本産米は食材の花形である
日本産米は、単体で完結する稀有な食材だと思います。調味料がなくても米と水だけで、料理として完成してしまう。「それ(味付けしない状態)が一番おいしい」とみんなが口を揃えて言うなんて驚きです。店では、お米料理は日本産米そのものの味を引き立てるようできる限り薄めの味付けにして提供します。今回ご紹介するレシピ「アサリとトマトのお粥仕立て」も、店で提供する際はだしを使わず、ほぼアサリの塩味、トマトの旨味だけで仕立てています。
また、通常お米はフレンチやイタリアンだとコースの途中に挟むことが多い「繋ぎの食材」ですが、日本料理だと「食事の最後=締め」のポジションになる。栄養素も高く、バランス食材としても優秀。まさに日本産米は、日本人にとって「食材の花形」だと言えるのではないでしょうか。
日本産米と海外食材の新たな出会いに期待
日本人にとってお米は身近な食材ですが、海外でお米を扱うのは確かに慣れない部分も多いと思います。でも、いざ使ってみるととても手軽に作ることができます。日本において「鍋で炊く」というと土鍋を想像しますが、私の店では、南部鉄器の鉄鍋を使って炊いています。鉄鍋は、お米全体に水と熱が均一に行き渡るため、旨み成分をギュッと閉じ込めることができます。また、密閉率が高く短時間で沸騰するのも特徴です。早い段階から蒸す状態に移行することで、水分を逃さずふっくら炊き上がります。これは海外でもよく使う厚手の鍋に通じるものがあるのではないでしょうか。まずはお米と水さえあれば、挑戦することができる。そこに各国の風土が産み出した、日本にはないその土地ならではの食材を混ぜたり炊き込んだりすれば、新たな味わいが生まれるかもしれない。可能性は無限大です。最初は失敗することもあると思いますが、ぜひトライを重ねて楽しんで味わって欲しいですね。
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Recommended dish
Katsuo (bonito) seared with rice straw (one of the dishes in the multi-course menu) カツオの藁焼き(コースの一品として提供)
カウンターから見える焼き台で、串に刺したカツオを藁で豪快に炙って提供するお造り。サクッとクリスピーに焼かれた皮と脂の乗った身のコントラストが秀逸。柔らかな酸味でまとめられた黄身酢と兵庫県淡路島産の玉ねぎを乳酸発酵させたポン酢ジュレ、仕上げにほどけるように溶ける淡雪塩を添えて。季節に応じて、マグロやサワラなど脂の旨味を堪能できる魚介で仕立てることもある、コース前半のスペシャリテ。
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