Chef’s Talk Why Japan Rice ? 日本産米にこだわるシェフの話

GENKI UNNO 海野 元気

Restaurant SNOW Owner chef

Nordic cuisine Restaurant in Japan

政治経済、食やファッションなどの文化を牽引するエネルギッシュな九州の玄関口、福岡。県の中枢である福岡市の博多・天神から空港へは電車で約5分とアクセスも抜群で、他県から移住する人たちも増えている人気の高いエリアです。繁華街の喧騒から離れ、住宅街沿いを歩いた先にある「Restaurant SNOW」は、地方都市では珍しい北欧系レストラン。フランスを皮切りに、ベルギーやデンマークで修業したオーナーシェフ・海野元気さんが現地で出会った「新北欧料理=ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」という料理哲学を元に、自身の生まれ育った九州の食材を取り入れながら、この土地・この店でしか味わえない料理体験を提供しています。九州の風土が生み出すローカル・プロダクトと日々向き合う海野さんに、郷土食材としての日本産米の価値について伺いました。

Restaurant SNOW

九州の食材が集結する
ノルディックレストラン

打ちっぱなしのコンクリート壁とガラス張りの窓の向こうに見えるのは、温もりある木のカウンター。住宅街のマンションの1階にひっそり佇む「Restaurant SNOW」は、フランス、ベルギー、デンマークを渡り歩き研鑽を重ねたオーナーシェフ・海野元気さんが、故郷の福岡にオープンしたレストランです。フレンチの技法と、北欧で培ったイノベーティブな発想を武器に、ランチでは15種以上のデザート、ディナーでは約26品もの料理を全て一人で仕込み、おまかせコースとして提供しています。

徹底して取り入れるのは、九州各地で獲れた新鮮な魚介類や肉、野菜の数々。熊本・阿蘇のあか牛や有明海のコノシロ(コハダとも言われ寿司タネに重宝される)、佐賀の白石レンコンなどの名産物はもちろん、地元の人々でも初めて出会うようなマニアックな魚介類や伝統野菜、調味料に至るまで、「料理で郷土、土地の個性を表現する」というテロワール(※)の思想を基盤に、九州の豊かな食の恵を余すことなく散りばめています。例えば、締めで提供するある日のリゾットには、福岡県玄界灘産ミズイカと天草産のすじ青のりを。ミズイカのコリコリした食感と、ふくよかに広がる磯の香りと米の優しい甘味のコントラストがクセになる一品です。昼夜ともに3組までの受け入れで、連日予約で満席。シェフが織りなす物語のような料理の数々に惚れ込み遠方からも通うファンも多い、福岡を訪れた際には一度は訪れたいレストランです。

※元々は、フランスのワイン法(原産地統制名称法)のベースとなる、ブドウ畑を取り巻く自然環境要因のこと。特定地域、特定の地区、固有のブドウ畑から造られるワインは特有の個性を持つ=その土地の味があるという考え方で、今では広く土地の農作物、チーズ、肉や海産物など、地域食材を語る際にも用いられる。

料理人生を変えた北欧との出会い

元々フレンチの料理人になりたくて、専門学校を経て辻調グループフランス校シャトー・エスコフィエへ留学、ミシュラン三ツ星を獲得する「ミッシェル・ゲラール」にて研鑽を積みました。一度帰国し香川県高松の「レストラン ボワ・エ・デュポン」にて修業。2009年に再渡欧し、ベルギーのブリュッセルにあるレストラン「バルビゾン」で副料理長として働き、前菜や製パンの技術を学びました。4年間の滞在中にーロッパの各地約20カ国を旅した際、北欧の味の構築や発想の豊かさに感動し、2011年にデンマークの老舗レストラン「シュルロルクロ」の門をたたきました。シュルロルクロでは初の外国人スタッフでしたし、そもそも北欧で修業する日本人さえ珍しかった時代でした。

当時北欧では、世界の食通達が選ぶ「世界のレストラン50」で3年連続1位を獲得した「NOMA(デンマークのコペンハーゲンにあったレストラン)」が注目を浴びていました。料理界の巨匠「エル・ブジ(スペインのカタルーニャ州ロザスにあった三ツ星レストラン)」のフェラン・アドリアが北欧に可能性を見出し、触発された現地の料理人達により磨かれていった北欧料理界は、「NOMA」の台頭によりその地位を確固たるものにしました。風土が生み出す豊かな食材への誇りと敬意を軸にして料理の可能性と向き合う。徹底した自国愛で土地の個性と魅力を開花させる「新北欧料理=ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」の考え方は、私の料理人人生を支える指針となっています。

新北欧料理の概念で地元九州の郷土性を追求

北欧と九州は「豊かな食材の宝庫」という点で似ていると感じます。九州地方は福岡県をはじめ、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県という計8県から構成される地域です。北と南では気候も風土も違い、地域性を生かした様々な食材が育まれています。自身の料理のテーマは 「フレンチのテクニックとニュー・ノルディック・キュイジーヌの概念をもって、地元である九州の郷土性を表現する」こと。できる限り九州産の食材を使い、この土地でしか出会えないと感じていただける料理を心がけています。

例えば、 ある日の前菜は、鹿児島県の西の沖合にある「甑島(こしきじま)」周辺でのみ獲れる「ひげ長エビ」が主役。通称「薩摩甘エビ」とも呼ばれるこのエビはねっとりした濃厚な甘味が特徴で、西洋料理では定番の「手長海老(スカンピ・ラングスティーヌ)」というエビの近縁種です。地元でも希少な甘エビに、北欧料理らしい酸味のあるレモンクリームソースと魚料理に合うディルのハーブオイル、福岡県糸島産「百之助(もものすけ)かぶ」のピクルスを添えて提供するひと皿は、北欧料理の伝統的な構成を大切にしながら、九州食材に置き換えて表現。ただの代替え食材としてではなく、その食材が持つポテンシャルを最大限引き出しながら、自身の皿へと昇華させています。

日本産米に求める汎用性

郷土性への熱意は、お米に関しても同様です。主には、福岡、佐賀、長崎県産など、九州の中でも米どころと言われる地域のものを使うことが多いです。日本産米は、海外の長粒米(ジャスミン米)と比べると、“クセのある香り”が控えめで、どんな食材とも合わせやすい汎用性の高さが魅力だと思っています。全体として水分量、でんぷん量が高く粘り気がありふっくら炊ける品種が多いけれど、自身の店だと「リゾット用」として取り入れることが多いので、甘味や粘度もバランス性を重視しています。また、新米はそのまま手を加えずに白米で食べるのがおいしいと思うので、数ヶ月熟成させたお米の方が、僕の料理とは相性がいいと感じています。

最近出会ったのは、知り合いの養豚業も営む「土井農場」が育てる「にこまる」という品種のお米。この農場では、農業の基礎を土作りと考え、豚の餌にお米を与え、豚から出る堆肥をお米に与えるという循環農法に取り組んでいます。食用のお米を食べ、多良岳水系の地下水で育った豚は諫美豚(かんびとん)というブランド品種として上質な脂と肉質が特徴。そんな豚の堆肥のみで育てられた「にこまる」は、大粒の歯応えと舌の上でじわじわ広がる深みのある味わいが魅力です。

今、日本産米は日本列島の北から南までたくさんの品種があります。(他の食材もそうですが)同じブランド品種でもその土地の気候や風土、作り手と様々な要因が重なることで個性が異なってくるから面白い。店では郷土性というテーマがあるため九州産を使いますが、妻の故郷である北海道のお米は、お米そのものの味わいが深く「白ごはん」として味わうなら最高だと思います。もちろんおかずは福岡のソウルフード、明太子です。

レシピの発想に繋がる日本の郷土料理

コースの締めに登場するリゾットは、実はとても懐が深く、日本の郷土料理から転用しやすい料理です。例えば、くちなしの実を浸した水でお米を華やかな山吹色に炊きあげる大分県の「黄飯(おうはん)」。南蛮貿易の盛んな歴史の中でスペインのパエリアを模したのが始まりといわれているそうですが、そんな黄飯をイメージし、くちなしのスープでリゾット仕立てにアレンジしたレシピを作りました。また、鹿児島の「つあんつあん」というピーナッツの炊き込みごはんを連想させるピーナッツのリゾットを提供したこともあります。

「ある土地を訪れたらその土地のものを食べたい」という感覚は、自然に持つ新たな食文化への好奇心だと思います。フレンチや北欧のコースに「お米を締めの一皿に」という文化はありませんが、この国で日本人として店を開くのであれば、誇りある食材の一つとして日本産米を扱うのは自然な流れでした。締めの料理として提供することで、海外のお客には日本の食文化の象徴として、国内のお客にとっては胃袋だけではない精神的な満足感を与えてくれるものとして、それぞれコースの中で重要なポジションを担っています。

実は、開店当初から変わったこととして、徐々に北欧料理の象徴である「乳製品」を使う量が減ってきました。栽培地へも足を運びながら素材に寄り添い、素材の持つ力を引き出せるよう削ぎ落としていくと、自然と今のレシピに行き着いていく。北欧料理の伝統は重んじつつ、自身が生きる土地や食材、文化に寄り添い進化と追求を止めない。それこそが、私にとっての揺るぎない「新北欧料理=ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」なのかもしれません。

身近過ぎる恵に向き合う意識を

日本食を楽しみたいと思っている海外の方は、日本で提供されるメニューにお米が頻出することをすでに知っている方が多い。それでも、「朝・昼・夕」と各のシチュエーションに合わせてこんなにも多様にお米が食べられていることに対しては、現実味がないと思います。デンマークの修業時代に「日本人は毎日お米を食べるって聞くけど、本当に毎日食べているわけじゃないよね? え、毎日3食食べるの? オー!ジャパニーズ・クレイジー!」と叫んだ同僚の言葉が今でも忘れられません。それほどまでに、日本人にとってお米はずっと食卓の中心にありました。半面、近年国内ではお米の消費量は減っており、米作りの農法や流通価格が現代の仕組みに合っているのか、生産者にどれほど還元できているのかという問題もあります。日本の食文化の中枢を担うお米は、幸せを与えてくれると同時に常に問題や警報を抱えている、そんな食材だと感じています。その課題に向き合うのは、私たち料理人はもちろん、この国で生きる日本人一人ひとりの意識ではないでしょうか。私は生まれ育ったこの地が好きなので、これからも一料理人として、日本産米や地域の食材と日々真摯に向き合っていきたいです。

Recommended dish

Satsuma sweet shrimp, lemon, and dill from Koshikishima, Kagoshima Prefecture(served as part of a course) 鹿児島県・甑島産 薩摩甘エビ・レモン・ディル(コースの一品として提供)

北欧料理の軸である「鮮度のいい魚介」「酸味のある味付け」「ハーブの香り」「美しい緑の色合い」を継承しつつ、現地でも希少な鹿児島県・甑島産の甘エビを使用。ねっとり甘い生エビの余韻に程よく馴染むレモンクリームソースと爽やかなディルのハーブオイルが秀逸。シャクッと軽い食感がアクセントになる百之助(もものすけ)かぶ[信深1] のピクルスは、修業先のデンマークへの敬意を込めて。シンプルな構成の中に奥行きと気品を感じる一皿。

海野 元気

Restaurant SNOW Owner chef

「Restaurant SNOW」オーナーシェフ。1984年福岡県生まれ。専門学校へ入学後渡仏。フランス、ベルギー、デンマークと研鑽を重ねる。北欧最後の修業先「シュルロルクロ」では、初の日本人としてスーシェフまで昇格。帰国後も10年間、自身の故郷である九州各地に足を運びながらテロワールへの知識と熱量を育む。2018年、日本で開催されたコンペティション「RED U-35 2018」にて初出場で「SILBER EGG」を獲得。2020年、地元福岡で念願の「Restaurant SNOW」をオープン。ランチでは15種類以上のデザート、夜のお任せでは26品前後の料理を全て1人で仕込む「ワンオペ」の達人との呼び声も。

Instagram ID:なし

 

Restaurant SNOW

Nordic cuisine Restaurant in Japan

九州の玄関口と呼ばれる活気溢れる福岡県の中心地に店を構えるフレンチ・ノルディックレストラン。テロワールへの敬意を根幹とする「新北欧料理=ニュー・ノルディック・キュイジーヌ」の考え方を基盤に、自身の故郷である九州地域の食材にフィーチャーしたおまかせコースを提供する。美しさは元より、郷土料理から着想を得た懐かしくも斬新なアレンジと素材を底支えする愛のある手仕事の数々を前に、福岡にいながら九州各地を旅しているような高揚感。カウンター5席、半カウンター3席、テーブル6席。コースはランチ4,950円〜、ディナーおまかせ13,200円(サービス料込み)。

Instagram ID:@restaurant_snow_fukuoka