CHILAN
体と心を癒すモダンベトナミーズと
ナチュラルワイン
JR 広島駅から山陽本線で 25 分の阿品駅より、徒歩約 7 分。住宅街に蔵のような趣で佇む「CHILAN」は、週 3 日のランチと、事前予約の貸し切りのみの営業をするモダンベトナミーズとナチュラルワインのレストランです。オーナーシェフであるドグエン・チランさんは、若き料理人の技術の才能と新たな価値観を発掘する日本最大級のコンペティション『RED U-35 2021』の受賞歴もある、まさに次世代を担う新進気鋭の女性シェフです。
コロナ禍をきっかけに夫・藤井千秋さんの生まれ故郷である広島県廿日市市に移住。現在は、夫婦で子育てと店の経営を両立させながら、持続可能なレストランの在り方を日々追求しています。おまかせ 7 品で構成する季節のベトナム料理は、伝統とフレンチの技法を掛け合わせたモダンスタイル。一皿一皿にソムリエの藤井さんが選ぶドリンクをペアリングしたコース料理として提供しています。締めを飾る瀬戸内の旬の食材を掛け合わせた「出汁がけごはん」は、丸く握ったお米にふぐから丁寧に引いた滋味深いスープをかけて食べる、人々の疲れた胃袋を癒す逸品。料理はもちろん、空間の随所にもセンスと癒しが散りばめられた今注目のレストランです。
日本とベトナム。
2つのルーツを持つということ
私の父と母は、日本に移民として渡ってきたベトナム人です。私自身は生まれてからずっと、短期大学時代の留学と料理人としての海外研修以外は東京で暮らしていました。ベトナムは、親族も全て国外に出ていることから、年に数回訪れる程度で暮らしたことはありません。ただ、家庭料理と言われて思い出すのはベトナム料理。父と母は自国で成人しているので、言語も食文化もベトナムそのもの。家では当たり前のように母の作るベトナム料理を食べていました。それは父と母の故郷の味であり、私にとっては「母の味」でした。
高校在学中にフレンチレストランでアルバイトをしたのがきっかけで、料理人の道へと進みました。このまま東京で暮らし独立する道も模索しましたが、都心の人混みや満員電車は苦手だったし、東京の地価や未来の子育ての環境を考えれば考えるほど理想とのズレが払拭できず、いつかは脱出したいと思っていました。そんな時、出会ったのが夫の藤井千秋です。料理人としてのキャリアを捨てずに、子どもが生まれても仕事を続けるためにはどうしたらいいか。2人で人生設計を考え、2019 年に夫の故郷である広島県廿日市市に移住しました。
ローカルから発信する
ベトナム料理というアプローチ
「瀬戸内食材を、フレンチの技法で、ベトナム料理に。生産者の想いを感じられるナチュラルワインと」。これは、お店を始めるにあたって決めたコンセプトです。元々パティシエ志望だったり、フレンチが好きで修業を重ねたりしてきましたが、地方で子育てをしながら店を続けて行くため に、もっと圧倒的な個性が必要だと考えました。私の料理人としての強みはなんだろうと辿っていくと、やはりそれは「日本で生まれたベトナム人であること、同時にベトナムにルーツを持つ日本人であるということ」でした。ベトナム料理という軸に、夫が生まれ過ごしてきた瀬戸内の豊かな恵みと、自分が培ってきたフレンチの技法を掛け合わせて表現していこう。それは、私たちだからこそ辿り着いたスタイルだと思っています。
ベトナム料理の師匠は、もちろん母です。移住前に実家に何度も通い、私が好きな母のレシピを中心に、改めて教えを乞いました。コースの一品として提供する生春巻きも、母が家庭で作っていたレシピをなるべく忠実に再現しつつ、瀬戸内の食材でブラッシュアップしたものになります。
2つの国の米食文化。異なる個性を引き出しに
米が日本人にとってなくてはならない食材であるのと同じように、ベトナムにとっても米は必要不可欠な存在です。炊いたごはんも食べますし、米麺やライスペーパーなどの加工品もあるので、毎日何かしらの形でお米が食卓に上がります。
日本では四季がはっきりしているため新米の季節が明確にありますが、ベトナムは 1 年に 2 回、3 回も収穫期があります。ただ、たくさん穫れても南国の気候が長期保存には向かず、おいしいうちに消費しきれないという側面があります。そこで、乾燥をさせ、加工品にして長期保存しながら料理に活用するというベトナムの保存食文化が生まれたのです。
また、日本のお米は炊くだけで「甘くておいしい!」という状態に到達できる食材だけれど、ベトナムのお米は保管環境もあって必ずしもそうではありませんし、ブランド米も近年少しずつ活性化してきた概念です。同じ米食文化でありながら、お米を加工することで特性を生かすベトナムの食文化が、CHILANの料理により引き出しを与えてくれます。
日本産米の圧倒的魅力と生産者への敬意
日本産米の凄さについて私が語るのはおこがましいのですが、とにかく日本の米に関する質を求めた栽培技術レベルは世界的にも群を抜いていると思います。日本産米の凄さの秘密は、多様かつ長期的な品種開発の積み重ねではないでしょうか。そもそも、米は高温・多湿な気候に向いているイネ科の植物なので、日本の北部寒冷地である北海道や東北地方などでおいしい米が育つのは、不思議ではありませんか。
それでも、「ゆめぴりか」や「コシヒカリ」など最高品質の日本産米が育つのは、紛れもなく長年の品種改良の賜物であり、生産者さんたちの努力の結晶なのです。何年、何十年、何百年もの間、時間と労力を重ねてここまで品種改良を重ね高められてきた日本食材の中でも圧倒的に歴史と想いのある食材だと思います。
「炊くだけでおいしくなる」というのは、食材としての完成度が高いということ。もちろん炊く機器を選んだり、炊く技術を工夫したりは料理人の仕事としてできますが、さらに日本産米の素晴らしいところは、その懐の深さにあります。何に合わせてもおいしいなんて、凄いですよね。
旨みを含ませる日本の食文化
今回は、ごはんにジャスミン茶をかけて食べるシンプルなレシピを紹介しています。お店で は、炊いたベトナム産の黒米と長粒米をブレンドしてお握りの形にしたごはんにふぐだしをかけて食べる「出汁がけごはん」をお出ししたりしています。時には、日本産米である島根県の雪田米(コシヒカリ)を使うことも。コースを始めた頃は、ベトナムのサンドイッチ・バインミーを提供していたこともあったのですが、やはり締めにはパンよりお米の方が、コースの流れとしてもしっくり来ました。
私は日本の食文化の中で、「出汁を吸わせる」という調理工程が好きです。例えば、日本では天丼やかつ丼など、サクッと揚げた衣にわざわざタレや出汁を染み込ませる料理があります。ベトナムのフォーも、米粉の麺にスープを吸わせて食べる料理と理解しているので、「味を浸透させる食材」という点で考え方は同じです。
日本産米を深く知るために、
比較しながら経験値を上げる
お米を選ぶときに大事にしているのは、「どんなお米を選び、どの料理に使うのか」ということ。日本産米には様々な種類があり、産地や品種により味や食感、含水量や吸水率も違いま す。例えば、日本の「ササニシキ」という品種は、私の好きなお米のひとつです。でも、アミロース含有量が多く水分を含みやすいので、出汁がけごはんに使うと水分を吸い過ぎて食感がやわらかくなりすぎてしまいます。お米の味を引き立たせるのか、旨みを吸わせるのか、粒感や食感を活かすのか、それとも焼き色をつけて香ばしさを出すのか、自分の好みや調理法を見極めて活用することを意識しています。
私は、ナチュラルワインが好きなこともあり、生産者の哲学を大切にしたいと考えています。その哲学を理解するために、基本的には自身が直接会い、想いを受け取った生産者の食材を取り入れていきたい。第一次産業がないと私たちの生活は成り立たないので、素材と生産者の 方々への敬意は忘れないようにしたいですね。そして、食材を使わせていただく身としては、バックグラウンドなどのストーリーを食べ手(エンドユーザー)にどう最大化して伝えるかが、生産者と消費者を繋ぐハブである料理人の仕事だと思っています。
日本のお米を理解するためには、ワインもそうなのですが、やはりある程度の経験が必要だと思います。海外で手に入るものは限られているかもしれないけど、ぜひ様々な品種のお米を食べ比べてほしいです。ワインテイスティングと同じように、短期間で異なる品種、もしくは生産者別に同じ品種を比較することでより品種ごとの個性や自身の好みを発見でき、日本産米の奥深さを知るきっかけにもなるのではないでしょうか。
Recommended dish
Fresh spring roll(served as part of a course meal) 生春巻き(コース料理の一品として提供)
コースに組み込まれる、母から教えてもらったベトナムの伝統的な一品。広島県産の車エビや霜降り豚・幻霜ポークの系統を継ぐ「霧里ポーク」をライスペーパーで巻き、淡路島の玉ねぎと山陽地方の味噌、タマリンドで作ったディップを添えて。春巻きに潜ませたミントと大葉、生もやしがアクセントとなり、噛み締めるほど口の中で一体感を引き出す。シンプルな組み立てでありながらも自然の息吹を感じるような洗練された色合いと盛り付けは、モダンベトナミーズの美しさとシェフのイマジネーションを感じる一皿。