Column Restaurants with Pristine Japanese Rice 日本産米がおいしいレストラン

AKIRA Restaurant in London 和食が定着した今、日本産米の違いを
楽しむための土壌が育まれている

英国の首都ロンドンは、長年にわたる移民とのコラボレーションによって世界トップクラスの美食都市として認知されるようになりました。各国の料理を幅広く楽しめる中、日本食はヘルシーなイメージも手伝って大人気の食ジャンルとして定着しています。中でも一番の人気は寿司。それを裏付けるように、日本から英国へのお米の輸入量は2014年頃から急上昇し、現在も一定の輸入量を保っています。 歴史的背景からインド料理がよく食べられている英国では、お米と言えば長粒種であるインディカ米が主流、続いてイタリアのリゾットなどに使う短粒種が定番ですが、近年は他国産のジャポニカ米も「Sushi Rice」としてスーパーで見かけるようになりました。日本産米は日系食材店で扱いがあり、レストランでは品質にこだわる高級店で日本産米を食べることができます。 日本食レストラン「AKIRA」に昨年赴任されたばかりの島谷司シェフの目に、ロンドンの日本産米事情はどう映っているでしょうか。

レストラン「AKIRA」について教えてください。

日本の多面的な魅力を世界へ向けて発信する施設「ジャパン・ハウス ロンドン」の立ち上げ時に、併設レストランとして2018年にオープンしました。場所は文化地区として知られるケンジントンです。

ジャパン・ハウス内ということもあり、伝統的な日本食を伝える役割があると思っています。新しい和食ではなく、昔ながらの味ですね。料理・器・盛り付けという日本料理ならではの「三位一体」を、旬と共にご提供しています。居酒屋風の炭火焼きや小皿料理、和牛のコース料理、寿司、丼もの、弁当ランチまで豊富なメニューをそろえているので、どなたでも楽しんでいただけると思いますよ。

島谷さんのシェフとしての来歴を教えてください。

僕はもともと洋食のシェフだったのです。銀座にある老舗の洋食レストラン「煉瓦亭」出身のシェフに師事して見習いから始め、その後就職した会社からニューヨークに派遣され、30年前の海外における日本食レストランの黎明期を経験しました。日本に戻ってからは数多くのレストランの立ち上げを担いました。

AKIRAはチーム編成が変わり、常駐する日本人がいなくなったので僕が昨年、総料理長として赴任することになりました。現在は日本人シェフを増やし、正統派の和食レストランとしてチームを作り直しているところです。

僕自身はどの分野も対応できますが、専門は牛肉です。和牛の知識と技術を持つシェフが海外ではまだ少ない中、僕は解体技術も習得しているので夢は日本の焼き肉を海外に広めることです。

塩むすびにしたとき、
最も美味しくいただけるのが日本産米

お米を使った人気メニューには、どんなものがありますか?

寿司は日本人だけでなく、現地の方にもダントツで人気ですね。握りも巻きもよく出ます。焼き鳥丼、和牛ローストビーフ丼なども皆さんお好きですね。当店はどちらかと言えば日本の方に故郷の味を提供することを重視しているので、現地の人の舌を意識するというよりは、むしろ本物を現地の方に分かっていただくことに重きを置いています。

お店で扱っているお米について教えてください。

秋田県産の「あきたこまち」を使っています。これはAKIRAの創業当初からで、英国に輸入されている限られた日本産米の銘柄の中から、メニューに合わせて選んだようです。ほどよい粒の大きさや弾力、あっさりとした味わいなど、すし飯にふさわしい銘柄だと思っています。うちで使っている日本産の赤酢と砂糖にも、よく合います。

日本産米の良い点や特徴はなんだと思いますか?

粘り、ツヤ、炊き立ての米粒をかみ締めたときの甘み。これに尽きますね! 土鍋で炊いた白米の香りの良さ、美味しさ。おかずはいりません。何もいらない。そのまま塩むすびにすると、断然美味しい。塩むすびにしたとき、最も美味しくいただけるのが、日本産米だと思います。

現地の食材との相性などは?

英国産の食材も味は良いので問題はないのですが、素材によってはどうしても日本産にこだわらざるを得ないものもあります。ロンドンのような都市では日本食材を簡単に入手できるようになったとはいえ、非常に高価なので、予算が許す範囲内で頑張っています。

現地の食材とのコラボレーションはあるべき姿ですが、フードマイレージ(食料輸送距離)を考慮しても譲れない食材もあります。本物の日本食を海外に広めていくことを考えるなら、原材料の価格は課題の一つだと思います。少しでも価格が抑えられれば、お客様思いの値段設定にできるのになと思います。

お米を炊くときは電気よりもガスで

お米の炊き具合へのこだわりは?

シャリ用のごはんを炊くときは、グルテンフリーのたまり醤油を少しだけ混ぜてうまみの調整をしています。口に入れた時にホロっと解けるような歯ざわりが理想ですね。硬すぎてもいけませんし、ほどよい感じ、と言いますか(笑)。これは感覚的なもので日本人シェフなら皆が持っている感覚だと思います。

毎日12キロ近くのお米を炊いていますが、大量のお米を美味しく炊き上げるには、やはり日本のように業務用のガス炊飯器が最適なんです。しかし残念ながら英国にはないんですよね。電気よりもガスのほうが、釜の中の圧力がぐっと高まるので、炊き上がりが断然ふっくらと美味しくなります。家庭でも土鍋で炊くと美味しいと言われるのは、圧力がかかるからこそ。電気とガスでは全く美味しさが違ってきます。

水へのこだわりはありますか?

赴任したての頃、ロンドンの水について気づいたことがあります。ニューヨークでは湯を何回か沸かすとすぐに鍋の内側に石灰がついていましたが、ロンドンはそれほどでもありません。硬水の中でも、いくぶん軟らかい水質のようです。自分自身で試してみて、今のところ大きな問題がないのでそのまま使っています。

お米の調達方法や、管理法などについて教えてください。

日本食材輸入卸会社のタザキフーズという現地の業者さんと取り引きをしています。お米はほぼ毎日発注してどんどん使っているので保管の必要はほとんどなく、配達された先から消費している感じですね。倉庫の管理はタザキさん側のほうが温度なども含めてしっかりされているはずなので、安心しています。ため置きをしないことは、美味しくいただくポイントかもしれません。もちろんもみ殻付きのお米をその都度、もみ摺り・精米するほうがより美味しいのですが。

銘柄の種類、日本産米に合う料理を
増やすことが今後の課題

日本産米と他のお米の違いがお客様に分かっていただけると思われますか?

違いの分かるお客様はもちろんいると思います。例えばおにぎりなどがもっと普及すると、お米の味の違いを感じる人も増えてくるのではないかと思いますが、もう少し時間はかかるでしょうね。むしろおかずとなる料理との組み合わせの中で、日本産米の美味しさに気づいてほしいです。

例えば和牛専門のレストランで働いていたときは和牛に合うお米ということで、石川の能登米を使っていました。全国のお米を食べ比べてブレンド米の調合をしているお米のエキスパートに選んでもらいましたが、本当にお肉に合いました。甘みが強く、リッチで風味が良い。すき焼きでも焼き肉でも本当にピッタリ。お客様の評判も上々でした。

お米の銘柄は、おかずによって合うものが違ってきます。英国にも、より多くの銘柄が入ってくるようになれば、お米の味にこだわる現地の人も増えてくるでしょう。利き酒のようにお米の銘柄を楽しむ愛好家も出てくるかもしれません。

日本産米のさらなる可能性とは?

英国で日本食の人気は今後も続くでしょうから、お米の需要はさらに高まっていくと思います。おにぎりや定食など、ごはんの美味しさを前面に出していけるものを主力にすれば、「ここのお米が美味しいから来た」と言ってもらえるようになると思います。その点、欧州で流行しているおにぎりや手巻きには僕も今注目しています。

お米を多くの銘柄から選べるようになると、シェフはそれに合った料理を考えるでしょうね。そうすればもっと楽しくなる。洋食でも日本産米でなければ出せない味があります。例えばオムライス。日本産米の粘りと甘みがケチャップの酸味を和らげ、かみ締めたときに独特の調和を生み出します。つまり日本産米でなければあのケチャップライスの味は出せない。インディカ米では逆立ちしても出せない味なんです。

昨今、グルテンフリーを求めるお客様も増えていますが、お米は誰もがほぼ安心して食べていただけるものですし、アピールポイントですよね。多銘柄の日本産米を使った米専門の飲食店ができれば、炊き込みごはんや釜飯などのメニューが増えるはずです。日本産米に合う料理を広く紹介していくことで、海外の人々の舌を育てていくことができます。そこは今後のチャレンジではないかと思います。

和食だけでなく、日本固有の洋食文化を熟知されている島谷シェフ。カツカレー、ラーメン、お好み焼きなど日本のB級グルメがロンドンで大流行する中、日本生まれの洋食も、日本産米を知ってもらうための強い味方になり得ることを教えてくれました。英国の米食文化はグルテンフリーの側面からもますます進んでいくことが予想されます。利用できる日本産米の種類が増えればもっと日本食に興味を持つ人が増えて市場が育っていく。そんなことが分かるインタビューでした。

島谷シェフのワンポイントヒント
現地で日本産米を美味しく食べるコツ

お米を炊く際はガスで調理するのがおすすめです。鍋をガスの直火にかけ、十分な圧力を保ちながら炊いてみてください。炊き立てのごはんはなるべくシンプルなおかずといただきましょう。最近ではロンドンでも日本食材をすぐに入手できます。ぜひお好みの日本の惣菜と合わせてください!

島谷司さん(Tsukasa Shimatani)

総料理長

AKIRA総料理長。日本で約60店舗のレストランを展開する「SALT Group」の子会社である「Salt & Partners UK Ltd」に所属。キャリアの始めに銀座・煉瓦亭出身のシェフに師事。ニューヨークでのシェフ経験を含め、日本では洋食・日本食・創作料理など経営も含めた豊富な業界経験を持つ。AKIRAの日本人監修者として2023年に渡英。ロンドン中心部の関連レストラン「Engawa」の監修も担う。